Amazon Marketing Cloud(AMC)を使いこなしている方なら、「Flexible Shopping Insights(FSI)ではデータが足りない」と感じたことはありませんか? 特に、もっと長期間にわたる購買傾向を分析したい、より細かく顧客の動向を追跡したいといったニーズに応えるのが、新しく登場したAmazon Retail Purchases(ARP)です。
本記事では、ARPの基本情報からFSIとの違い、そして具体的な活用事例まで、Amazon上で販売活動を行うすべての方に役立つ内容をわかりやすくご紹介していきます。
目次
Amazon Retail Purchasesとは?

Amazon Retail Purchases(ARP)とは、Amazonでの実際の購買イベントに基づいた詳細なデータを、最大5年間分にわたり取得・分析できるAMCの有料データセットです。AMCインスタンスに接続されたスポンサー広告アカウントに紐づくベンダーセントラルに相当する購買データが、他のAMCのデータセット同様にハッシュ化されたユーザーIDを含むイベントレベルのデータセットとして提供されます。
現時点での料金は一律75,000円/月に設定されており、60日間のフリートライアルも提供されています。
5年間という長期スパンは、LTV(顧客生涯価値)やARPU(ユーザーあたり平均売上)のような時間軸に依存する分析にとって特に重要です。たとえば、限界N-CPAの算出やクロスセル施策の立案、価格変更の影響分析など、あらゆるマーケティング判断に厚みを持たせることができます。
FSIとの違いとは?
ARPを理解するには、FSIとの違いをしっかりと把握することが重要です。それぞれの特性を比べることで、ARPがどのような場面で役立つのかが見えてきます。
Flexible Shopping Insights(FSI)についてはこちらの記事もご覧ください。
項目 | ARP(Amazon Retail Purchases) | FSI(Flexible Shopping Insights) |
---|---|---|
データの保持期間 | 最大 5年間(60ヶ月) | 最大 13ヶ月 |
格納されるデータの条件 | 全ての購買イベントが記録。 | データ反映に条件あり。(広告出稿、ブランドレジストリ) |
新規CV(NTB)の定義 | 任意のクエリで柔軟に定義可能。 | Amazon定義のNTBフラグが自動付与。 |
イベントの種類 | 購入イベントのみ | ページビュー、カート追加、ウィッシュリストなど多数 |
購入イベントの構造 | すべての注文が一つのイベントとして扱われる | 通常注文・定期便初回・定期便リピートに分類 |
付加情報(属性フラグ) | プライム会員/Amazonビジネス/ギフト の各フラグあり | 基本的にはなし |
利用対象者 | ベンダーのみ利用可能 | ベンダー・セラー両方で利用可能 |
オーディエンス作成 | 不可(レポート用途限定) | 可能(AMCで抽出可能) |
1. データ保持期間の違い
FSIは過去13ヶ月までのデータしか保持していませんが、ARPでは最大60ヶ月(5年間)分の購買履歴が取得可能です。これにより、長期的なLTVやARPUなどの指標を自由に算出できます。特に、高単価商材や購入頻度の少ない商品では、短期間のデータだけでは正しい傾向を把握しにくいため、ARPの長期視点が大きな強みになります。
2. 格納されるデータの範囲
FSIにはデータが格納されるための条件があります(詳しくはこちら)。そのため、広告未出稿のブランドデータやブランドレジストリに不備がある場合など、データが欠損して分析に支障をきたすケースがありました。また、FSIには同一ASINに出品している他セラーの売上も含まれていたり、キャンセルのデータが反映されなかったりと、ベンダーセントラルの実績と乖離が発生する要因がありました。
特に、ブランドレジストリに不備があるとデータ復旧に時間がかかる、過去データがリカバリされないなど、AMCを使ったリテールデータ分析に大きな課題となっていました。
一方でARPは、すべての購買データを記録するため、ベンダーセントラルの実績とほぼ一致する正確な購買分析が可能です。自然購買を含む網羅的な分析ができる点も、ビジネス判断の精度を大きく高めます。
下記表はベンダーセントラルの売上を100%とした場合に、FSIとARPでどの程度売上が乖離するか調査したものです。ARPはベンダーセントラルとほぼほぼデータが一致することがわかります。
ブランド | ベンダーセントラル | Flexible Shopping Insights | Amazon Retail Purchases |
---|---|---|---|
Brand1 | 100% | 126.1% | 100.9% |
Brand2 | 100% | 113.4% | 99.7% |
Brand3 | 100% | 108.3% | 101.1% |
Brand4 | 100% | 0.0% | 100.0% |
Brand5 | 100% | 3.4% | 102.6% |
Brand6 | 100% | 93.1% | 100.1% |
Brand7 | 100% | 61.9% | 103.1% |
Brand8 | 100% | 92.5% | 99.7% |
Brand9 | 100% | 0.0% | 99.9% |
Brand10 | 100% | 0.0% | 99.8% |
Brand11 | 100% | 95.6% | 99.7% |
Brand12 | 100% | 1.5% | 99.7% |
3. 新規CV(New-To-Brand)の定義方法
FSIではAmazon側で定義されたNTB(新規顧客)フラグが自動付与されます。その定義は「過去365日以内にAmazon上に登録されている同一ブランドの購入履歴がない場合、新規フラグが付与される」という仕組みです。
一方、ARPにはNTBフラグがないため、SQLクエリを用いて分析者が新規CVを定義する必要があります。ただし、このおかげで、Amazon上に登録されているブランド以外の粒度でも新規CVを設定できるようになります。たとえば、自社の分析基準がブランド定義と異なる場合や、ASIN単位で新規/リピートを判定したい場合など、それぞれの商材サイクルに沿った柔軟な分析が可能です。
4. イベントの種類と内容
FSIにはページビュー、サーチCV、カート追加、ウィッシュリスト追加など、複数のコンバージョンイベントが含まれています。一方でARPは、購買イベントのみが含まれます。ページビューなど他のコンバージョンイベントも含む分析を行う場合は、引き続きFSIを活用する必要があります。
5. 購入イベントの取り扱い
FSIでは、購入イベントが「通常購入」「定期便初回」「定期便リピート」などに分類され、個別にトラッキングされます。ARPでは、すべての購入が単一のイベントとして記録される仕様です。
6. 利用可能な属性情報
ARPには以下のような独自フラグが用意されており、ユーザー属性別の行動分析が可能です。
- プライム会員フラグ
プライム会員と非会員での購買傾向やLTVの違いを定量的に比較できます。 - Amazonビジネスフラグ
法人購買と個人購買を明確に区別できるため、B2B向け製品の効果的な訴求や入札戦略の見直しに活かせます。 - ギフトフラグ
ギフト需要が高い商材を発見し、商品ページの改修や広告戦略に役立てることができます。
7. 対象ユーザーの違い
FSIはセラー・ベンダーのどちらでも使用可能ですが、ARPはベンダー専用機能です。ベンダーアカウントを持たないと利用できないため、導入を検討する際にはAmazonとの契約形態を確認する必要があります。
8. オーディエンス作成の可否
現時点でARPのデータは、AMC内でのオーディエンス作成に使用できません。
ARPの活用方法:どんな分析が可能になるのか?
ARPを導入することで、これまでFSIでは限定的な示唆しか得られなかった分析の精度が大幅に高まります。具体的には、以下のような活用が考えられます。
長期的なLTV/ARPUの算出
ARPでは5年間分の購買データがあるため、以下のような柔軟な分析が可能になります。
- LTV(顧客生涯価値)の算出
顧客の初回購入から現在までの総購入額をもとにLTVを計算。長期的に高い価値を持つ顧客を見極め、CRM施策に活かすことができます。 - 任意期間でのARPU算出
6ヶ月、12ヶ月、24ヶ月など、任意の期間でARPUを算出し、施策ごとに比較・分析することでキャンペーンごとの投資対効果を中長期視点で評価可能です。
高単価商材や購入頻度の少ない商品では、特に有効です。
精度の高い併売分析
併売(バスケット)分析においてもARPは非常に有用です。
- 併売商品の可視化
過去5年間でどの商品が一緒に買われる傾向があるかを可視化し、人気の組み合わせをセット販売やおすすめ表示に活かせます。 - 季節性やキャンペーンごとの併売傾向
シーズンやセール時期によって併売傾向がどう変化するかを分析し、セット割引施策やギフトセットの設計に役立てます。 - 購入シーケンス分析
長期トレンドでどの順番で商品を購入してロイヤルユーザー化しているか把握することで、より高精度なナーチャリングストーリーを描くことができます。
価格弾力性分析の精緻化
価格弾力性とは、価格変動が購買数に与える影響のことです。ARPの豊富な履歴データを活用することで、以下のようなことが可能になります。
- 価格感度の分析
過去の価格変更の結果を振り返り、価格感度の高い商品を特定。適正価格を見つけて売上最大化を図ることができます。 - 価格と購入数の相関分析
販売価格と購入数の相関を定量的に把握することで、プロモーション時の値下げ幅を戦略的に設計し、利益率と販売数のバランスを最適化します。
法人・ギフト購買の傾向分析
- 法人購買の検証
Amazonビジネス利用者と通常ユーザーでARPUを比較し、B2B分野の成長余地を可視化。専用プロモーションを実施する根拠にできます。 - ギフト需要分析
ギフト比率の高い商品を特定し、商品ページや広告でギフト向けの訴求を強化。想定外にギフトで選ばれている商品を発見することもあり、贈答向け表現や季節訴求型広告によるCV率向上が期待できます。
まとめ:ARPはAmazon分析の新しいスタンダード
ARPは、これまでFSIでは実現できなかった長期・精緻・実購買ベースの分析を可能にする、新しいスタンダードといえます。ベンダーとしてAmazonでのマーケティングを強化したい方にとって、その導入価値は非常に高いです。
- 5年分の購買データを活用し、より深いインサイトを得られる
長期視点でユーザーのライフサイクルを把握し、LTVベースの施策評価が可能になります。 - 独自フラグやカスタム定義による柔軟な分析設計
Amazon標準の指標に縛られず、自社ビジネスに最適化されたマーケティング評価を実現できます。 - 併売や価格弾力性、法人・ギフト分析など、ビジネス判断に直結する指標の精度が向上
売上貢献に結びつくアクションプランを導き出せるようになります。
ARPを使いこなすことで、単なる広告効果測定を超えた、戦略的なマーケティング分析が可能になります。
ぜひこの機会にARPの導入を検討し、より深く、より長期的な視点でAmazonビジネスを加速させてみてはいかがでしょうか。

株式会社ウブン PdM of UbunBASE
2007年に株式会社オプトに入社し、金融業界向けインターネット広告の提案・運用を担当。株式会社電通に出向し、大手ナショナルクライアントのデジタルメディア戦略の立案と実行に従事。2012年にオプトに帰任後、DSPや広告効果測定ツールのプロダクトマネージャーを歴任。グループ会社のスキルアップビデオテクノロジーズでは取締役として動画広告のアドテクノロジー事業を推進。2020年に株式会社ウブンに参画し、Amazon広告の自動化ツール「Ubun BASE」を立ち上げ、開発とマーケティングを統括。